駐夫になって直面した「男の甲斐性」というしがらみ ~昭和生まれの政治記者が駐夫になった場合~

自分のキャリアをどうするか…日々モヤモヤの連続

-現地の生活の中でモヤモヤすることはありますか?

日々、モヤモヤの連続ですよ。こちらでは子どものクラスのパパ会を立ち上げ、飲み会やBBQなどを主催しているのですが、そうした場で仕事の話になると、今働いていない自分は参加できなかったりして、モヤモヤしたりしますね。

また、昔から付き合いのある記者仲間と飲んだ時、冗談まじりに「もう戻るところはないんじゃないの」「Facebookを見てると、いつも楽しそうだな」なんて言われたりすると、悪気がないのはわかるのですが、こちらとしてはショックだし、モヤります。

「自分のキャリアをどうするか」ということは、頭から離れることはないですね。楽しいことをした後ほど反動が大きいです。例えば旅行から帰って来て日常に戻ったとき、「ああ楽しかった。でも自分って…」となる。現実から逃げているわけではなく、直面しているからこそ振れ幅が大きく出てくる。仕事を辞めていたらもっと大きかったのかもしれません。やはり戻る場所があるという安心感はあります。

-モヤモヤの解消法を教えてください。

私なりのモヤモヤ解消法は美味しいものを作って食べて飲むことですね。ステーキと睡眠(笑)。ただ、それだけだと体形が変わらないので、マラソンを始めました。習い事では、サックスをしています。カラオケの代わりという感じで、音を出すと適度なストレス発散になります。他には次の旅行先を考えることですね。旅行の後はまたモヤモヤの繰り返しにはなりますが…。

-コミュニティとの関わりはどうされていますか?

渡米後、子どもを日系の幼稚園に入園させることになりました。最初の保護者会には行くのがただただ怖くて(笑)、妻に同行をお願いしました。なぜ怖かったのかと思い返すと、私自身も「ザ・駐在妻コミュニティ」というステレオタイプに囚われていたのではないかと思います。でも行ってみたらなんてこともなく、休職してきたと伝えると、周りは「えーすごい!」という反応でした。もちろんそこからすぐに駐在妻コミュニティに入っていけた訳ではないですけど。

渡米前に情報収集をしていたとき、過去にニューヨークで駐夫をしていた方のブログを見つけて、実際にお会いしていろいろと相談をしていました。その方から紹介された、在ニューヨークの駐夫ともSNSで繋がり、渡米してほどなく、家族ぐるみのお付き合いが始まりました。

世界の駐夫仲間に「自分は一人じゃない」ことを知って欲しい

私は今、「世界に広がる駐夫・主夫友の会」というコミュニティの管理人を務めています。2018年にスタートしたのですが、OBを含めメンバーは40名(2020年3月現在)にまで増え、全大陸を制覇しています。メンバーは休職中の方がほとんどですが、中には日本の会社を退職してきて、現地で就職している方もいます。いろいろな生き方をしている方がいて、私も励まされます。

なぜそのような会を立ち上げたかというと、同じ境遇の駐夫の方々に、「自分は一人じゃない」「世界には同じように奮闘している仲間がたくさんいる」ということを知って欲しかったためです。同じ駐夫同士、初めて会っても通じ合う部分がありますし、私自身も駐夫の友人がどれだけ心の支えになったか計り知れません。

そして未来の駐夫に、何らかの方向性を指し示せるような行動を取れたらと思います。今の時代、最初はみんなネット検索から入りますから、サイトを通じて様々な「駐夫」という生き方を示せれば、これから駐夫になる方や、夫に付いてきて欲しい女性の方にも参考になるのではと考えています。

とはいえ、駐夫コミュニティで何が出来るかはまだ模索中です。Zoomなどオンラインツールを使って繋がったりもしたいですが、男だから最初は飲み会かなと。男性も基本はおしゃべり好きですが、最初は色々と駆け引きが必要だったりするので、酒が媒介した方がなめらかにいくんです。男も色々あるんですよ(笑)。

駐在妻からの思わぬ反響 知らずになっていた代弁者

-様々なメディアで発信されていますが、どのような思いで始められたのでしょうか?

渡米前に「駐夫」で検索していたら、1人くらいしか情報が出てこなかったんです。昔から1人で荒野を突き進むようなことが好きだったので、駐夫として情報発信を始めてみたら面白いのではないかと思いました。

発信を始めてから、駐在妻の方から「私たちの気持ちを言語化して、代弁してくれてありがとう」という反応をいただくことが多く、思わぬ反響だったのでハッとしました。駐在妻の方々がそういう思いを抱いていたのか、こういう形で力になれるのか、という気付きになりました。私でも出来ることがあるのならば、発信を続けていこうと思えた大きなきっかけになっています。

-ご帰国後の働き方、家族のあり方について感じていることを教えてください。

会社との取り決めとしては、元々所属していた部署に戻ることになっています。ただ、日々激変するニュースを扱う記者の世界から3年離れて、「戻ったらまた付いていけるのか」という拭い切れない不安はあります。

帰国後の家事ついては、第三者の力だったり、モノの力だったり、使えるものは使っていきたいと思っています。アメリカ生活の中で、外部の力を使うことで家事はとても楽になると気づいたので、その辺りは絶対に変えていこうと思っています。

駐夫という貴重な経験を通じて、これまでの働き方や家族のあり方について違和感を持つようにもなりました。帰国後もそういった気づきを何らかの形で発信していきたいと思っています。

-今後またご夫婦のどちらかに転居を伴う転勤があったらどうされますか?

それは考えないといけない話ですね。でも矛盾するようですが、今は考えないようにしています。残りのアメリカ生活も1年を切ったので、今、目の前の日々を大切に生きたいと思っています。

ただ、もし妻がまた別の国に転勤となった場合、私が同行するのであれば恐らく失職を意味することになってくるので、簡単には考えられないでしょう。

駐在妻も駐夫も同志 未来の仲間に向けて何ができるかを模索したい

-駐在妻・夫として海外で生き抜くことで身に付く力は何だと思いますか?

総合的な人間力だと思います。浮き沈みはもちろんありますが、人間として大きくなってないことはないと思います。

自分にとって、働いていない今の生活は非日常ですが、それがあまりにも日常化してしまうと、惰性的な部分がどうしても出てきてしまいます。そんな時こそ気を引き締めて、今は貴重な時間なのだと戒めながら生活するようにしています。季節の変化、子どもの成長、自分の成長、妻のキャリアなど、いろいろなことを見届けながら、異国で生き抜きたいと思っています

-最後に駐夫、駐在妻の方々へメッセージをお願いします。

駐在妻・駐夫として海外で暮らすという貴重な経験の中では、楽しいだけでなく思い悩むことは男女関係なくあると思います。女性のハイキャリア化に伴い、駐夫はこれからもっと出現してくるでしょう。パートナーの転勤に伴い、キャリアの断絶を余儀なくされる場面が、男女問わず増えてくると思います。

駐在妻も駐夫も、いわば同志として、未来の駐在妻・駐夫に向けて何ができるかを模索し、社会に向けた発信力をもっと強めていけたら素晴らしいと思っています。


<インタビュー後記>

世界的にも駐夫はまだまだ希少な存在ですが、日本人夫婦で男性が主夫として同行しているケースは更にまれであると感じます。その背景には「男の甲斐性」「内助の功」といった潜在的な固定概念が関係しているのでしょう。そんな中、「駐夫」となる決意をされた方々に拍手を贈るとともに、私たちはその生き方をもっと社会に発信していけたらと思います。夫婦のどちらかが一方的にキャリアの断絶を受け入れるのではなく、男女関係なく、お互いのキャリア形成を尊重していける社会を目指して。

1 2
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!