【帰国後インタビューvol.7】駐在妻の再就職 モヤモヤにとことん向き合うことが鍵

帰国後(キャリア体験談)

アメリカからの本帰国後、日系大手企業に再就職した運営メンバーの佳代さん。駐在妻時代に様々なボランティア活動に積極的に参加したことが結果的に日本での再就職にも繋がったといいます。多くの駐在妻が悩むポイントでもある、キャリアプランのあり方やモヤモヤ期の過ごし方について、ご自身の経験を踏まえてお話いただきました。

突然の本帰国 段ボールに囲まれる中で決意した再就職

-駐在妻になるまでのキャリアについて教えてください。

大学卒業後、日系の金属メーカーの経理部門に勤務していました。同期の夫と結婚、妊娠・出産して職場復帰した後、夫がアメリカに海外赴任になりました。最初は夫が単身赴任で私と息子は日本という生活でしたが、次第に息子や夫が寂しがるようになったため、やむを得ず退職して渡米することにしました。そして、これをきっかけにキャリアプランについて深く考えるようになりました。

-アメリカではどのように過ごされたのですか。

アメリカではボランティアなどでいろいろな活動に参加しました。アリゾナの日本庭園の運営スタッフ、日本語補習校の講師や、現地の大学のアシスタントティーチャー、治験会社のオフィススタッフなどさまざまでしたが、それぞれの活動からご縁が繋がっていった形です。 (佳代さんのアメリカ時代の活動については、「履歴書に書けるボランティアへ。全ての行動が将来に繋がる 〜州立大学アシスタントティーチャー・越谷佳代さんインタビュー」でも紹介されています。)

ところが丸3年ほど滞在したころ、本当にある日いきなり、帰国の内示が出ました。帰国日まで約1カ月ほどしかなく、ひたすらバタバタと帰国することに。住む場所も事前に決めずに帰国となったので、帰国した翌日に不動産会社に行き物件探しを開始、最初の1カ月は実家の両親に息子を託し、夫婦でホテル暮らしをしていました。

帰国後、船便が届いてから1カ月が経っても段ボールに囲まれる生活で、家にいるのも嫌で精神的に参ってしまって。仕事を楽しんでいたサラリーマン時代から、アメリカでは家事育児が中心の生活に変わり、このまま子どもとの生活中心でもよいかなとそれまで思っていたんです。でも段ボールを片づけるのはすごく嫌だし、お金をかけてプロが来てくれないかな、とか思っちゃう自分がいて。改めて私には専業主婦は務まらないと気づき、「やっぱり働こう、お金を稼ごう」と再就職活動を始めることを決意しました。そして本帰国後6カ月目から就活を開始し、約2カ月ほどで内定をいただきました。

就活中に感じた違和感 自分にあった働く場所を知る手がかりに

-再就職活動はどのように進められたのでしょうか?

最初はネットで「駐妻、帰国、仕事」と検索したりしましたがあまりヒットせず、その後は手あたり次第に転職サイトやエージェントに登録し、情報集めに奔走しました。キャリアアドバイザーの方とも面談し、話を聞いたりしましたが、最初の頃はやりたいと思うこと、世間で流行っていること、そして本当に自分が求めている働き方の間にずれがありました

当時(2018年秋頃)は景気がよかったからか、「女性起業」「ベンチャー」「フリースタイル」といった情報が溢れていました。自分がそれまで典型的な、ある意味古い体質の残る日系企業にいたこともあり、そういった自由なスタイルに対する一種の憧れがありました。けれどそのような会社に面接に行ってもなぜか気が乗らないし、落ちるし、ということを繰り返していました。

就活をしている最中に嫌だった言葉、聞くたびに嫌気がさして合わなかった言葉が、「ワーキングママ」と「ブランク」でした。そういう言葉を面接で聞く度にいい感情が持てなくて、私からも断りましたし、お断りされたりしていました。

「ママがワークしたって、ママじゃなくたって、別に関係ないじゃない?」という気持ちがありました。また「ブランク」という言葉に馴染めなかったのは、働かなかった期間をブランクと捉えるのが嫌な自分がいたのだと思います。アメリカでもいくつか採用面接を受けましたが、その際は年数よりも、「そこであなたは何ができるか」を聞かれることが多かったのです。そういったスタイルに馴染んでいたので、日本に帰ってきて面接で「ブランク年数」を聞かれることがすごく嫌だったのだと思います。

そんなことを繰り返しているうちに、やりたいことというよりも、働きたい場所やスタイルのイメージが明確になっていきました。私は自由な感じよりも、落ち着いた働き方がしたいということに気づいたんです。具体的には、ある程度の大きさの日系企業のフルタイムサラリーマンといった働き方の方が自分には合っていると。

憧れと現実 方向性を切り替えてチャンスを掴む

-職種や業務内容はどのような希望だったのですか?

駐妻カフェの活動を通じて、人と話すことや何かを作っていくことが好きだと感じたので、最初は企画や人事といった部門で、駐在に同行する女性の立場をよくしたりする仕事をしたいと思っていました。そこで求人サイトで興味があるものに全部チェックを入れて応募してみたのですが、実際に返事がくるのはほんの一部で…。やはり世間は甘くなく、ある程度のキャリアを積んでいないと認めてもらうことは難しいと分かりました。自分の憧れがあった道と採用されやすいところとの乖離があったんですね。そこで方向性を切り替えて、これまでの経理・監査の経験を生かしたポジションを優先することにしました。

最終的に、業務内容としてはこれまでのキャリアを生かせる監査の仕事、会社としてはある程度の規模の日系企業ということでターゲットを絞っていったところ、面白いようにポンポンと話が進んで内定をいただきました。

一般的には日系の大企業の方が再就職する上でハードルが高いイメージがありますし、私もそう思っていましたが、ある程度の規模の日系企業になると、コンプライアンスの意識からか、面談では子どもの有無や配偶者の転勤など家族については一切聞かれませんでした。むしろ自分から、「子どもがいるのでフレックスや時短は使えるか」といった点について聞いていました。女性活躍推進法が始まってちょうど1年くらいの時期で、大企業は女性社員の人数を一定数増やさなくてはいけなくて必死だったようで、追い風でした。

また私が応募していた内部監査の部署はどこの企業も年齢層が高めの男性が中心で、私のような30代中盤の女性、かつ内部監査の経験を4-5年積んでいる人材が希少でした。日本の大手企業はマネージャー職・管理職をいきなり中途採用するよりも、管理職手前の人材を採用して育てるか、見極めてから管理職にする傾向があるそうです。そういう相手のニーズや自分の経験がちょうどマッチしたんだと思います。

就活で意外と役に立ったのが、アメリカ時代のボランティアで関わった方々から書いていただいた英語の推薦状でした。転職エージェントの方に推薦状の存在を伝えても、「日本ではそういうの役に立たないですけど、ついでに出しておきましょうか」という感じでしたが、実際に採用された後に聞いてみると、「あれ(推薦状)が結構大きかった」と言われました。

会社によっても違ってくると思いますが、書いてもらえるものは書いてもらった方がいいし、書いてもらうとプラスになりそうな人がいるコミュニティには積極的に参加した方がいいと思います。私は3名(うち2人はアメリカ人)、いずれも公的な身分を持つ方に英語で書いてもらいました。ちなみに翻訳は付けませんでした。その方が信用度が上がりますし、英語を読むのが好きなサラリーマンは多いので(笑)。

続きを読む
1 / 2

たのきん

6,634 views

新卒で銀行に入社後、出産・夫の海外赴任を機に退職。国内外問わず転勤の多い夫に伴い引っ越しを繰り返し、現在は2度目の駐妻生活をアフリカで送っている。ライフステ...

プロフィール

おすすめ記事10選より紹介

関連記事一覧