度重なる海外生活でも、キャリアを紡ぎ豊かにするには <中編>

経験、学び、想いが一冊の本に

―本帰国した後に、ドバイに関する本を出版されたそうですね。どのようないきさつがあったのですか?

私たちが住み始めた頃は、日本ではドバイについて経済以外のことはほとんど知られていませんでした。そこで『ドバイ千夜一夜』というブログを開設し、当地の人々や文化について書きはじめました。ブログには、自分の感想だけでなく、現地の人へのインタビューや新聞・雑誌・本といった文献からの引用を利用するなど、大学院で学んだ調査方法を用いて少しでもアカデミックな要素を加えるよう意識しました。すると、読者の幅が官公庁や民間企業の方、社会人からお子さんまで多くの方に広がりましたし、更には『アラブ首長国連邦を知るための60章』(2011、明石書店㈱)という研究者向けの本にも寄稿する機会を得られ、そのうちブログをまとめた本の出版を考えるようになりました。

 本帰国後、知り合いに紹介してもらったフリーの編集者に出版の可能性を打診すると、「内容はおもしろいが、大学のこと、ショッピングのこと、宗教のことなど話題が広がり過ぎて読みづらい。海外体験記を書いた本はすでに何種類もあるので出版は難しいだろう」ときっぱり断られ深く落ち込みました。ですが、気を取り直して数カ月かけて企画から考え直しました。本のトピックを私がドバイで一番驚き学ぶことが多かったイスラームに絞り、それを数十社に送ったところ数社から返事をもらえることに。最終的に、一番熱心に対応してくれた会社に出版をお願いし、『住んでみた、わかった!イスラーム世界 目からウロコのドバイ暮らし6年間』(2014、SBクリエイティブ㈱)を無事に刊行。その後、著書は全国学校図書館協議会選定図書に選ばれました。

―ブログでのスタートが本の出版にまで発展するのは素晴らしいですね。文章力だけでなく、内容についても松原さんのドバイでの生活やモノの見方が活かされたのでしょうね。

イスラームについて書いたのは、当時、その過激派のせいで一般教徒へも風当たりが強くなっていたという世界情勢に起因します。私はほとんどの教徒は穏やかであることを実地で見聞していたので、彼らはどんな教えに沿ってどのように行動しているかを正しくわかりやすく伝えるべく、私が実体験から学んできた過程を読者の方々が追体験できるように書きました。この書き方は、駐在妻として6年間現地に住み、大学での授業や同僚とのやり取り、空手道・茶道のクラスなどを通して現地の人々と交流できたからこそ可能になりました。

出版

―執筆活動を通じて、何か変化はありましたか。 

ブログを読んでドバイの人々に興味を持ってくださる方が増え、寄稿や取材、講演の依頼を受けるようになりました。ブログは「簡単に楽しく読めて、しかも勉強になる」ように心がけていたためでしょうか、中東地域を研究する日本人の学者や学生さんからの訪問や問い合わせも増えました。本の執筆を通して、ブログの内容が学問的に価値のあるものだと認められたことがわかり、本当に光栄に思っています

1冊目の本の出版が決まった直後から、別にあたためていたアイデアをもとに2冊目を書き始めました。これは子供向けの絵本です。まだ物事に偏見を持たない幼少時に世界の多様な考え方に触れてほしいという願いがありました。出版は一度経験していたので、2冊目『絵本で学ぶイスラームの暮らし』(2015、あすなろ書房㈱)の出版は比較的スムーズに進み、これは後に台湾・香港でも翻訳版が出版されました。絵本は、主人公である5歳の男の子が一年を巡ってさまざまなイスラーム行事を体験しながらその教えを学んでいくという内容で、ここでも自分が海外生活中にイスラーム文化を学んだ体験がベースになっています。絵本を書くことは子供の時の夢だったので、海外生活のおかげで思いがけずその夢も叶いました。

後編へ続く

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