本帰国エピソード vol.10 ~子どもたちの希望を叶えるために選んだ二拠点生活~

アメリカ国旗と住宅の写真です

子どもたちの希望を大切にしたいという思いから、長女とともに母子先行帰国を選んだNさん。夫と次女はアメリカに残り、約8カ月間の二拠点生活を送りました。帰国準備や学校選び、再就職、そして海外生活を通じて得た気づきについてお話を伺いました。

自己紹介をお願いします

Nです。2017年~2023年の6年間、アメリカに滞在していました。 母子で先行帰国する時、長女は中学校2年生、夫とアメリカに残った次女は小学校5年生(現地校5年生)でした。

本帰国が決まって感じたことや行ったことを教えてください。

子どもたちの教育のため、夫の帰任を待たずに長女を連れて母子先行帰国をしました。私自身はまだ滞在したい気持ちでした。しかし、日本の中学校・高校への進学を希望する長女とアメリカで通っていた小学校(Kinderから5th)の卒業式に出たい次女がいたため、夫と話し合いました。その結果、夫と次女はアメリカで、私と長女は日本で暮らすことに決めました。小学生の次女から離れる寂しさと、夫が駐在員として仕事(日本時間に合わせて仕事をすることや来客対応)をしながら育児をすることへの不安で帰国する時期をいつにするか悩みました。家族で話し合い「長女がクラスになじみやすいだろう」と4月の始業式から通える日程で帰国することにしました。

子どもたちの希望を叶えるための二拠点生活は夫の協力なしには成り立ちません。子どもたちの希望を叶えようと夫が努力してくれたこともありますし、コロナ禍以降、週1で在宅勤務をしていたことと、夜の会議に自宅から出席できる働き方ができる職場だったからこそ実現できたと思っています。

帰国日が決まってからは、帰国を伝えるために会いたい人に会いに行きました。その時に一緒に写真を撮るのを忘れていた点は残念に思っています。

※私の住んでいた地域の学校は、
Elementary School:Kinder-5th
Middle School:6th-9th
High School:10-12th
でした。

逆カルチャーショックはありましたか?

帰国直後から違いを感じました。
例えば、アメリカでは夫と共同名義の銀行口座が作れたので家計管理が楽でしたが、日本では個人口座しか作れずがっかりしました。アメリカで生活をしていなかったら調べてみようとも思わなかったことです。

運転免許証やクレジットカードも普通郵便で送られてくるアメリカに比べ、日本は窓口や書留での受け取りが基本となるので、何かしらの手間がかかっているように感じます。

日本では魚の種類が豊富でスーパーマーケットに行くたびに楽しかったです。また、日常的におしゃれな人が多いと思いました。アメリカで日常的によく見かけたトレーニングパンツとTシャツにサンダルという姿の人をほとんど見ません。

お子さんの教育について教えてください。

転入先は、長女の意見で公立にしました。駐在同行する前に住んでいた地域に戻りましたが、長女は同級生に覚えてもらえているか不安はあったようです。覚えてもらえなくてもどうにかなると考え家から近い公立を選んだようです。

一方で、なじめなかった場合に備え、帰国子女受入校の中からあらかじめ候補を調べておきました。その際は、海外子女教育振興財団などウェブサイトと周りの方からの情報を参考にしました。一時帰国した際は、学校見学をしておきました。そこに通う距離(時間)を知ったうえで長女は近い公立を選びました。面倒見の良い先生とクラスメイトに恵まれ長女は楽しく通学していました。すぐに部活を始め、委員会活動に参加したりするなかでお友だちも増えました。勉強面ではアメリカの補習校で授業のなかった理科と社会に苦労していました。

私自身は、本帰国のモヤモヤや子供の教育についての情報を調べたり、セミナーに参加したりしたことで、心の持ち方が参考になりました。

夫が8カ月後に本帰国となり、次女は5年生の3学期から公立小学校へ転校しました。転校先では、仲の良いお友だちができ、楽しく通いました。学校まで近かったことが幸いし、子どもだけでの通学は初めてでしたが、困ったことはありませんでした。親から見たらうまく溶け込んだようでしたが、後日「4月からの転校のほうがクラスになじみやすかった」とは言われました。

再就職、キャリアチェンジに関してはいかがでしたか?

引っ越しが落ち着き、国内に預けていた荷物が新居に届いたくらいのタイミングで職探しを始めました。再就職1つ目の仕事は、雇用形態にはこだわらず、興味をもっていることで、できるだけ早く開始しようと思いました。ただ、求職活動をする中で、長女が困ったときに助けられる心の余裕を持ちたいと思うようになり、短時間勤務のパートを選びました。アメリカで過ごしている次女が夏休みの2カ月間を日本で過ごすことに決めていたので、一緒に過ごす時間が取れるように、次女がアメリカに戻った後の7月から勤務を開始しました。

海外での生活は、自分や家族にとってどのような影響があったと感じますか?

海外生活は、家族にとってかけがえのないものとなりました。思い出話が話題になることも多いです。日本にいても家族でいろいろな経験はできますが、駐在生活は期間限定という気持ちが常にあったので、より「一緒になにかしよう」と必死に考えながら思い出作りができたと思います。

また、多様な人、アジア系だけではなく南米、ヨーロッパ、アフリカなど様々な国の人と学べたり交流したりすることは日本の学校生活ではないので、海外生活ならではだと思います。

私にとっても大きな転機になったことは間違いありません。あの時、仕事を退職していなかったらまだ同じ会社にいたかもしれません。正社員でフルタイム以外の働き方をすることを否定的に捉えていたかもしれません。いろいろなことを『あり』と思え、選択肢を考えられる今の自分は、以前よりフレキシブルになったと思います。