「駐在妻だって働きたい!」フルタイム正社員として日米デュアルライフに挑戦。その原動力とは? <前編>

アメリカ合衆国

2つの地域に拠点を持ち生活することを意味するデュアルライフ(2拠点生活)。日本国内では近年都会と田舎のデュアルライフを送る人も増えてきているようですが、なんと今回ご紹介するUさんは、米国在住の駐在妻でありながら、ご自身も日本での就職を決めて、日米を行き来するデュアルライフを送っているそうです!

Uさんのデュアルライフの様子を聞くと、仕事に邁進するキャリアウーマンを想像してしまいますが、そこに辿り着くまでには多くの悩みや葛藤があり、今回の選択は「働きたい気持ち」と「家族との生活」をどう両立させるかにひたむきに向き合ってきた結果だとか。

前編では渡米からデュアルライフに挑戦する決断に至るまでの過程を、後編では就職活動に関するエピソードや「仕事と家族」への想いをお聞きしました。 (インタビュー2021年7月実施)

―自己紹介をお願いします。

アメリカで夫と子ども2人(小学生・保育園児)と暮らしています。駐在生活は5年目に入りました。

渡米前はメーカーで営業企画の仕事をしていました。夫の海外赴任に同行するかとても悩みましたが、ちょうど第二子妊娠が分かって決断できました。産休開始と同時に、先に赴任した夫を追って渡米しました。

アメリカでは、出産・子育てと並行してまずMBAを取得し、その後現地で働き始めました。残念ながら新型コロナウイルスの影響でその仕事を継続できなくなりましたが、それが今後のキャリアプランを考え直すきっかけになりました。最終的に出した結論は、「アメリカで駐在妻をしながら日本で正社員になるという”日米デュアルライフ”」に挑戦することにしました。

MBA取得から現地就労まで ~駐在妻生活をスキルアップ期間に~

ー渡米と同時にMBAの勉強を始めたそうですが、慣れない子育てに、海外生活に、大変だったのでは?

MBAは、渡米の半年前からコースが始まっていました。もともと通勤時間と長男の小学校入学を考慮してオンラインで受講できるコースを選んでいたので、アメリカに渡っても勉強を続けることができました。入学直後に妊娠が分かったことで、「休暇に入る分、勉強時間が取れそうでラッキー」とも思いました(笑)。

とは言え、いざ始めてみると、育児をしながらの勉強はやはりハードでした。「なんとか卒業した」というレベルです。それでも、自分なりに捻出できる精一杯の時間をかけて取り組みました。振り返ってみると、素敵な出会いがあったり、世界の見方が変わったり、とてもよい経験になったと感じています。

ーその後、現地で就労されたのですね? もともと働く希望があったのですか?

MBAを終えて、「働きたい」という想いがどんどん強くなっていきました。その理由は、MBAで学んだことを実践で活かしたかったこと、海外のビジネス環境で自分のスキルとマインドを鍛えたかったこと、そして英語力を伸ばしたかったこと。英語は、自分で努力してもなかなか上達を感じられなかったので、やはり1日8時間は英語を使う環境に身を置きたいと思ったのです。

そこで、現地で就職先を探して、アメリカのスタートアップ企業に就職しました。ちょうど日本で働いていた会社の育児休暇の満期直前だったので、配偶者の海外同行休職制度に切り替えて働くことにしました。

ー日本の所属企業は休職中ですよね? 副業はOKだったのですか?

いいえ、もともとOKではありませんでした。多くの関係者に働きたい気持ちを伝え続けたところ、配偶者海外同行休職中の「副業制度」を作ってもらうことができました。応援してくれた方々のおかげで、会社が制度を新設してくれました。

この制度によって、同じように海外同行休職中の同僚も海外で働くことができるようになったので、それもうれしかったです。

ーアメリカではどのような仕事をしたのですか?

就職したのは、前職とは異なる業界のスタートアップ企業で、従業員は100人ほどでした。経営企画部で、各部門と関わりながら、経営戦略立案から日々の職場風土向上まで幅広い業務に携わりました。日本企業との橋渡し役として、日本語と戦略立案ができる人材を募集していたのが幸運でした。前職の経験やMBAに加え、日本語と日本のビジネスを知っていることがプラスになりました。また、渡米後コツコツ勉強してきた英語力を評価いただき、採用に至りました。

勤務したのは1年程度でしたが、ここでは想像以上に多くの学びを得ることができました。特に、職務範囲やプロジェクトの進め方、働き方は日本での経験と比べて、大きく違っていました。前職(休職していた日本企業)では30人くらいで携わっていた業務を、そこでは2.5人で対応し、1人1人の裁量権が大きいことを実感しました。また、約20カ国から集まった多様性豊かな同僚たちにも出会えました。生活様式、働き方、コミュニケーション方法など、たくさんのことを学びました。単に「英語で仕事をする」だけではなく、自分の仕事の視野がぐんっと広がるような貴重な経験ができました。MBAで学んだことを実践する機会があったことも、うれしかったです。

アメリカの街の様子

―そのアメリカの会社をコロナ禍で辞めることになったのですね。それは悔しい思いをされたでしょう。

就労許可証の更新が必要でしたが、パンデミックの影響で移民局が一部クローズしてしまって更新が間に合わず、泣く泣く退職しました。通常3カ月程度でできる更新に、なんと15カ月かかりました。移民局に毎日電話をしたり、弁護士さんに相談したり、本当にもどかしい日々を過ごしました。許可証が届いたらすぐ、その会社に再就職させてもらうつもりでいたのですが、進展する気配もないまま退職から4カ月が経った時に「さすがに申し訳ないので別の方を探してください」とご連絡しました。

更新を待ち続けながら、並行して日本での転職活動も始めました。どうせアメリカで就職活動ができないならば、時間があるうちに日本の転職市場を見てみようと思ったからです。

―それで、今回日本拠点の仕事に就くことが決まり、日米デュアルライフを始めることになったのですね?

そうです。外資系メーカーの日本を拠点とするポジションです。

採用面接の段階から「リモートで働きたい」と相談し続けていたので、日本にも生活拠点を置きながら、フレキシブルにアメリカにも滞在できるような働き方を認めてもらうことになりました。

―就職先が決まったことで、渡米前の日本の企業を休職中のまま退職することになったのですね? 迷いや不安はありませんでしたか?

もちろん、ありました。会社も同僚も大好きですし、ずっと元の職場で働くことを前提にスキルアップにも取り組んできました。でも、駐在生活で得た経験や学びを元に、もっと責任範囲が広く、海外とのやりとりもある新たな仕事に挑戦したいと思うようになったのです。そこで、この新しい就職先の内定をいただいたことをきっかけに、前職を退職することを決意しました。

アメリカ花畑

アメリカでの生活で大切にしたこと ~渡米時に立てた目標は、家族みんなの成長~

ー駐在妻でありながら勉強にワーママと、忙しい日々だったと思いますが、子育てと仕事だけで生活が追われるようなことはありませんでしたか?

そう見えますよね。友人からも「ちゃんと遊んでる?」って心配されていました(笑)。でも、私は楽しいことや人といることが大好きですし、忙しいのが嫌いじゃないので、とにかくたくさん遊んでいました! 週4日で友人とランチをしたり、楽しそうなイベントを見つけては子どもや友人と参加したり、旅行にもたくさん行きました。全てのことが初めてで、楽しいことが溢れていました。勉強や仕事も含めてアメリカ生活を満喫してきました。

ただ、スケジュールをやりくりするために2つのことを大切にしていました。
1つめは時間管理。毎日のスケジュール管理にはToDoリストや勉強系のアプリを活用して漏れが出ないように自己管理していました。
2つめはマインドセット。遊び過ぎると勉強時間が足りなくなるんじゃないかと不安になったこともあります。でも、目的を持って臨めば、「遊び」の中に必ず「学び」があると思います。例えば、旅行に行くときにはその地の歴史を学んだり、街に出る時は日本との違いを観察したり、話題になっている最新のサービスを実体験したり。このマインドセットが結構大切だと実感していて、さまざまなアクティビティやイベントの中からも学ぶ姿勢でいられたことは、MBAでの勉強だけでなく、仕事や子育てにも役立ちました。

アメリカ湖で遊ぶ様子

ー現地での生活も楽しみながら、スキルアップにも励まれていたのですね! 渡米前から明確なキャリアプランを描いていたのですか?

そんなことはないです。渡米時は、夫の任期満了よりも先に自分の育休期限がくることがわかっていたので、その先のことは、育休終了を迎える頃に決めるつもりでいました。アメリカ生活に飽きていたら母子帰国、楽しかったら同行休職に切り替えて居続けよう……という程度です(笑)。いろいろ計画的にやってきたように見えるかもしれませんが、私自身は興味関心の赴くままに、やりたいことをやってきて今に至る……という感じです。

でも、1つだけ渡米時にアメリカ生活での目標設定はしていました。それは、アメリカ生活を通して「家族として、社会に価値を提供できるよう成長すること」というものです。子どもが元気に学校に行き、夫が前向きに仕事に取り組めるというだけで、家族単位で社会貢献できているかなと思っています。

ー海外生活の目標設定を「家族の視点で」考えたということですか?

自分の視点と、そして家族の視点と、両方です。

日本では仕事優先の生活をしていて、夫と子どもに負担や我慢を強いていたので、「アメリカではこれまでできなかった分まで彼らの社会生活を支える!」と決めていました。アメリカ生活を通して、自分自身のキャリアアップはもちろんですが、同時に家族の成長も考えるようになりました。

きっかけは、アメリカに同行するか迷っていた時にいただいた先輩・後輩の言葉。
当時は仕事が順調で、ここで休職したら失うものが多すぎると感じ、同行するかどうかかなり迷っていました。しかしその一方、家族を顧みずに働いてばかりの状態に、申し訳ない気持ちもありました。

そんな時、ご家族を連れてアメリカに駐在した経験のある先輩から「駐在は家族の絆を深めるよい機会になると思うよ」というお話を聞き、とても心に響きました。さらに別の尊敬する方からどうして目の前に来たそのバスに乗らないの?”海外に行ける”というバスは誰にでも来るものじゃないのよ!?と言われたんです。その時に「そうか、これは誰にでもある機会ではないんだ。これは私たち家族にとって貴重な機会になるはず!」と思い、私自身が家族と向き合うためにも同行を決断しました。また、逆に「東京に残って働き続けましょうよ!」という後輩の言葉も私の決断を後押ししてくれました。「将来も一緒に働きたいと思い続けてもらえる自分になって帰ってこよう!」と、安心感と成長への意欲をいただいたからです。

夕陽にたたずむ子供

ー海外生活を家族みんなの成長の機会にしようと考えてスタートされたなんて素敵ですね。次は、日米デュアルライフのきっかけとなる就職活動について聞かせてください。

<前編終わり>

後編はこちら

アーク

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メーカーで法人営業に従事した後、夫の海外駐在を機にキャリアチェンジしようと考え退職。海外生活中にキャリアコンサルタントの資格を取得し、転勤族妻でも充実したラ...

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