【帰国後インタビュー vol.3 前編】ぶれずに自分のやりたいことに力をいれた帯同生活、そして、帰国後に選んだ道とはー

キャリア

2017年に離婚の相談窓口である「離婚テラス」を立ちあげ、夫婦間の話し合いの仲介や離婚協議書の作成などを行っている小泉道子さん。10年以上培った家庭裁判所調査官としての経験と、台湾での帯同生活で力を入れてきたことが現在の仕事に生かされているといいます。小泉さんが帯同生活で得たこと、また今後の仕事やプライベートで目指したいことについて、前編、後編の2回に分けてご紹介します。


右:小泉道子さん
左:当サイト運営責任者 飯沼ミチエ

 

-まず、台湾へ帯同される前の状況について教えてください。

千葉県内の家庭裁判所で、家庭裁判所調査官という仕事をしていました。夫の赴任が決まったときは、就職してちょうど5年目。2~3年に渡る長い研修期間を終えて、やっと一人前に仕事を任せてもらえる立場になったころで、その時点で辞めるという選択肢は考えられませんでした。仕事自体も約40倍の受験倍率を突破して手にしたものだったので、辞めるか辞めないかの決断を迫られて非常に苦しかったのを覚えています。

さらに当時は結婚して1年ほどだったこともあり、何とか公的な制度等を利用して夫の赴任についていけないか、上司には何度も相談していました。当時は今のように公務員の配偶者同行休暇制度などもなかったのですが、育児休暇を3年とることができたのです。上司からもざっくばらんに「子どもを作るしかないわよ」と言われました。時期的にも子どもは欲しいと思っていて、また運よく授かったこともあり、夫の赴任から少し遅れて生後3カ月の娘を連れて台湾へ行きました。

台湾へは2008年3月に渡り、2010年3月に帰国しましたので、2年間の帯同生活でした。

 

-台湾へ帯同されてから、現地での生活はいかがでしたか?

ブランクがあっても戻ってきやすい職場だったこともあり、帯同することが決まってからは仕事のことはあまり心配せず、台湾で美味しいものを食べよう!とか、とにかく海外生活を楽しむことしか考えていなかったですね。

でも、考えが甘かったです。初めての子育てだったこともあり、慣れない海外で子どもを育てることの大変さをわかっていませんでした。特に長女は食物アレルギーがひどく、卵・乳製品はもちろん小麦や大豆もダメで、そもそも外食ができませんでした。アトピーや喘息をもっていたこともあり、暑い台湾で汗だくになって皮膚が荒れたり、汚れた空気で喘息もひどくなったりと外出もままならない状況でした。

当時は、今のように手軽に情報を得る手段がなかったことに加え、中国語も話せなかったので、日本語で相談できる先生の病院へ片道1時間かけてタクシーで通ったりしていました。ですので、帯同してすぐは、生活を楽しむという感じではありませんでした。また、夫も私も初めての子育てでわからないことだらけだったので、産後クライシスのような状況になり、ちょっとしたことで夫にキレたりと夫婦関係もぎくしゃくしていました。

 

-そんな大変な状況のなかで、何が帯同生活を充実させる転機となりましたか?

子どもがよちよち歩きを始めた1歳2カ月ごろ、現地の英語教育を行っている保育園に預けることができました。日本人のママからは、子どもを預けることに対して批判的な反応をされました。でも、現地の友達は「子どもを預けて何をするの?」と、当然のように、そしてとても前向きに受け止めてくれたので救われました。そこで、ずっとやりたかった語学を頑張ろうと、現地の大学付属の語学センターに通い始めました。

語学センターには各国からいろんなバックグラウンドの人が学びにきていて、私も毎日午前中の3時間、授業を受けました。語学センターは朝の始まりが早いのですが、朝は保育園スタッフが子どもをお迎えに来て、帰りは送ってくれるので、勉強を続ける上でとても有難い存在でしたね。

 

-語学を頑張ろうと思われたのは、なぜでしょう。また、語学力を高めるためにしたことはありますか?

そもそも大学在学中から語学は好きだったこと、また今後、仕事に復帰したときのキャリア形成にも語学が生かせるだろうなと考えたからです。金儲けに生かせるかも?!というところです(笑)。次のキャリアステップのためには、語学ができることを強みとしてもっておくといいかなと思っていました。

語学センターには中国語は書けないけれど、話すことはできるという華僑の若者がいて、その子たちが、とてもよく話しかけてくれました。一緒にランチに行ったり、あとは、マンションのお隣さんが日本語ペラペラの台湾の方で、その方と食事をしたりして中国語を使うようにしていました。中国語が喋れるようになると、病院も家の近くの中国語しか通じないようなところに移って、保育園の連絡帳もすべて中国語でやりとりしていました。娘の園での様子や発達の状況を知りたいということもあって必死でした。

あとは、韓国ドラマを中国語で見まくりました。ドラマは語学を学ぶ教材として適しています。ちゃんと中国語の字幕が出るので、わからないなりにも字幕を見ながら1日に5時間とか見れてしまうんです。とても楽しみながら長時間学べますし、嫁姑問題や、恋人のもつれ話など、特殊な語彙もたくさん覚えましたよ(笑)。

 

-語学に力を入れてきたということですが、2年間の帯同生活を振り返って、やっててよかったこと、やればよかったなと思うことはありますか? 

よかったことは、やはり語学ですね。周囲には、中国茶など台湾の文化を習われている方も多かったのですが、私にはそういった女子的な感覚がないのか、あまり興味がわかなかったので、ひたすら語学を学んでいました。

そのため、子どもに少し負担をかけたかな、もうちょっと子どもと一緒に過ごしてもよかったかなと思わなくもないのですが、我が家は私が語学を頑張ることで、家庭がうまく回るようになり、その後の人生の糧にもなったと思っています。

ただ、語学に夢中になり過ぎてしまったので、もっとネットワークを広げ、いろんな人と知り合えばよかったなと思いましたね。日本人のママたちとお話しするのは大好きで、特定の友人もいましたが、それだけでなく、もう少し現地のママさんとの集まりに参加してみるなど、人脈を作ればよかったかなと思いました。

 

-日本に帰国して、元の職場に復帰してみてどうでしたか? また、現在の仕事はなぜ始めようと思われたのでしょうか?

復職してからは、非常に子育てに理解がある職場だったこともあって、毎日16時半には残業もなくきっちり帰ることができていました。ただ、部署異動が重なったり、子どものアレルギー対応に苦慮したりしたこともあって、仕事がうまく回らない時期もありました。

基本的にはとても恵まれた環境で安定して子育てと仕事ができていましたが、一度きりの人生、1つの仕事しか知らないのはもったいないと思っていたので、2人目を出産した頃、転職活動もしていました。ただ、なかなか自分のやりたいこと、理想とするような仕事は見つからなかったですね。

独立する直前には、離婚問題を専門に取り扱う部署にいて、調停、裁判、親権の調査といった業務を主に行っていました。そこでお会いするご夫婦を見ていると、激しく対立して紛争性が高まっており、立ち会う私たちも非常に苦しい場面が多かったです。毎月、調停でお会いするたびにお互い消耗して、ゲッソリとやつれて来られます。好き合って結婚した二人が最後に激しく争って別れるという結果が、とても残念だなと思っていました。そこで裁判所に来る前のもっと早い初期の段階で、夫婦をサポートする仕事をしたいと思い、独立を決意しました。

 

-やりたいという想いがあっても、いざ自分で事業を立ち上げるとなったら大変ですよね。実際に独立されてみていかがですか?

元家庭裁判所調査官というバックグラウンドで、現在、私が手掛けているような仕事をしている人はゼロです。前例がないため、なかなか理解してもらえないこともありますが、憧れていた上司に応援してもらえるなど、支えになることもあります。

離婚テラスは、元家裁調査官が心理面と法律面の両方から、穏やかで理性的な解決をサポートする点が特徴です。離婚の相談というと、みなさん弁護士さんを思い浮かべると思います。しかし、弁護士さんはあくまで「法律家」で、依頼者を勝たせるのが仕事です。そのため、ときに無用な対立構造を生み出してしまうことがあります。もちろん、それが必要な場面もありますが、一度は好き合って結婚した相手ですから、できれば穏やかに解決したいですよね。それができるのが元家裁調査官というバックグラウンドをもった離婚テラスだと思っています。

あとは、私自身、独立がどれだけ大変なことかをわかっていなかったからできた、というのもあります(笑)。今となってみれば、ちょっと見切り発車だったかなと思わなくもないのですが、これまで、たくさんの失敗や遠回りをして、今もまだ試行錯誤していますが、必要とされている方の存在に背中を押されて、何とかやってきています。

 

―では、実際に小泉さんの仕事内容とはどんなものなのでしょうか。後編では、離婚テラスが取り扱う案件のなかでも、駐在員夫婦ならではの離婚問題や解決方法についてご紹介します。

 

【小泉道子(こいずみ・みちこ)さんの経歴紹介】

行政書士。2002年4月、家庭裁判所調査官補として採用されて以降、各地の家庭裁判所にて勤務。その間、第一子目の育児休暇取得中に夫の台湾赴任へ帯同。2年間の帯同生活を経て帰国し、復職。2017年3月、東京家庭裁判所を最後に辞職し、2017年4月に離婚テラス(http://rikon-terrace.com/)を設立し、代表を務める。産業カウンセラーの資格も生かし、夫婦の問題から、親の離婚に直面する子どもたちのサポートも行う。

2018年5月取材

ピックアップ記事

関連記事一覧