ドイツに約4年滞在し、本帰国したHさんへのインタビューです。本帰国が決まってから行ったこと、本帰国後に感じた逆カルチャーショック、滞在生活で感じたことなどをお聞きしました。
自己紹介をお願いします。
Hです。配偶者の海外赴任に同行するための休職制度と育休を利用して2017年6月からドイツに滞在し、2021年4月に本帰国しました。夫と息子(帰国時4歳/年中組)の3人家族です。
本帰国が決まって感じたことや、行ったことを教えてください。
―本帰国することが決まったとき(本帰国がわかったとき)にやったこと、思ったことはどんなことですか?
もともと予定していた本帰国が新型コロナウイルス(以下、コロナ)の影響で延期となりましたが、帰国する半年前には時期が確定しました。当時、私自身は「もう少しドイツでの生活を楽しみたい」と思う気持ちが強く、本帰国に向けた心のモヤモヤを整理するため、2つのリストを作りました。
1つは、残された滞在期間を悔いなく過ごすための「ドイツでのやりたいことリスト」、もう1つは、本帰国を楽しみにするための「日本に帰ったらやりたいことリスト」です。
頭の中でモヤモヤしていることを言語化してリストに書き出すと、やるべきことの整理ができて、さらにその優先順位をつけることができました。
また、本帰国後の復職に備え、これまでの経験やスキルを棚卸しするワークショップに参加し、自分の軸となる強みである「行動力」「交渉力」「高揚力」を認識することができました。本帰国すると、ハムスターがリール上を走るように日々追われる生活になります。ドイツにいる間に自分と向き合う時間を持てたことは本当によかったと思います。そのときに見出した自分の強みは、本帰国して2年が経つ今でも私を支えてくれるものになっています。
―本帰国時の大変だったエピソードがあれば教えてください。
本帰国する1カ月前はとても大変でした。住居を退去する際、キッチンや大物家具や電化製品をすべて取り払う必要がありました。日本へ持ち帰るもの、ドイツで廃棄するもの、譲渡するものを整理し、いつまでに何を終わらせるのかというデッドラインを夫と共有し、作業を進めました。船便の荷物を引き取ってもらい、「終わった!」とよろこんだのですが、不燃ゴミとしても破棄できず、日本へ持ち帰ることもできないソーダーストリームのガスシリンダーが残っていることに気づき、あたふた。フライトの前日に引き取ってもらえる友人を見つけることができ、「やりきった自分、お疲れさん!」という思いばかりで、ドイツから去る感傷に浸る間がありませんでした。
逆カルチャーショックはありましたか。
―本帰国後に渡航前との価値観の変化を感じたことはありますか?それは、いつ頃から感じ、どのくらい続きましたか?もしくは、まだ続いていますか?
コロナ禍の水際対策で、本帰国後は2週間という隔離期間があり、人と接する機会がさほどなかったためか、あまりストレスを感じることなく新生活をスタートさせることができました。また、「日本の生活に慣れると忘れてしまう」と思い、逆カルチャーショックでモヤモヤするより、「違和感を面白がる」、「ドイツのよいところを忘れない」ために、感じたことをメモに残すようにしました。
本帰国して感じたこと、発見したこと
- 家の中が寒すぎる
- 花粉症がつらい
- 冬期うつがなくなった
- 車と人の距離が近くて怖い
- 路上駐車ができない
- 歩道なのに電信柱が建っていて、子どもと手をつないだまま歩けない
- コンビニの支払方法が複数あり戸惑う、店員さんと「こんにちは」の挨拶がない
- 日本の家電は便利な機能がたくさんあって使いこなせない
- エレベーターに「閉」ボタンがある
- 駅に改札がある
- サービスの選択肢が多く、比較して検討するのに時間がかかり疲れる
- どこの店でも同じ物が買える
- 標準化されすぎている(サービスを維持するために働きすぎ)
- 痩せた?太った?と言われる
- ホテルに必ずアメニティが完備されている
- 高速道路が有料
- ドイツの方が運転がしやすかった。
(道路は広いし、制限速度は守るし、車線変更のときは必ず入れてくれるから) - マイバックに入れながら買い物ができない(日本では窃盗になる)
- ごみ捨ての曜日が決まっている
- 青ボールペンで記載した書類を提出したら「黒で書いてください」と言われた
- 保育園の準備物やルールに戸惑った
(毎週の布団干し、シーツ、上履きの洗濯など親のやることが増えた)
お子さんの教育について教えてください。
―子どもの転入先は、いつ頃から、どんな方法で探しましたか?
休職制度を利用していたので、本帰国後はできるだけ早く復職をしたいと思い、帰国する半年前(2020年8月頃)に区役所へ電話で問い合わせをしました。住民票がないと入所申込みができないこと、年中組であれば比較的空きがあることをがわかり、保活は本帰国してからすることに決めました。
息子は日本の生活にすぐに慣れてくれました。彼にとってはドイツでの生活の方が長く、たまに「僕たちはいつドイチュラントに帰るの?」と聞かれることがあります。ドイツでは英語でのプレスクールに通っていたので、本帰国してからは習い事としてオンライン英会話を始めたのですが、「ここの人たちはみんな日本語が通じるよ、英語はいらないの」と宣言され、「ドイツでは言葉が通じないことにストレスを感じていたんだろうな、無理させてたんだな」と気づきました。
帰国してすぐに復職したので近所にママ友を作るチャンスがなく、ドイツで出会ったママ友たちと子どもたちの成長を共有しています。
再就職、キャリアチェンジに関してはいかがでしたか?
―本帰国してから働き始めたのはいつですか?
2021年4月の本帰国後に保活を始めて、すぐに入所が決まりました。5月から元の会社にフルタイム、フレックス勤務で復職することができました。休職前は週5日の通勤が当たり前でしたが、当時はコロナ禍によるフルリモート勤務が導入されており、働く環境が大きく変化していました。そのおかげでスムーズに復職できたので、とてもありがたかったです。
―仕事を再開した原動力は何ですか?
休職前は子どもがおらず、仕事を優先できる生活をしていましたが、心のどこかで仕事から離れたい気持ちもありました。タイミングよく育児と家事に専念する生活を送ることができた反面、キャリアに対するモヤモヤからアイデンティティーロス(駐在妻の暗黒期)も経験しました。そして本帰国後は育児・家事と両立する働き方にチャレンジしたいと考え、元の会社に復職することを決めました。4年半という期間は仕事から離れるには長い時間だったかもしれませんが、日本で仕事を続けていたら出会えていなかった人たち(駐在ファミリーカフェの運営メンバーやキャリアカフェの仲間)や得られなかった視点(職場に存在するジェンダーギャップなど)を持ち帰り、「自分の価値観がどれぐらいアップデートされているのか」を確認したかったのかもしれません。
これから本帰国される方へメッセージをお願いします。
―自分や家族にとって、海外生活ではどのようなことが得られたと感じますか?
私たち3人の家族としての生活スタートはドイツなので、ドイツでの生活はこれからも大切な思い出として記憶に残るものです。いつかまた3人で訪れたいと思っています。また、自分にとっては、海外生活を経験することがきっかけで、よい意味で他人の目を気にしなくなり、他人から見たときの自分はこうあるべきという思い込みから開放されたと感じます。今では自分を主語にして考える癖がつき、自己肯定感が上がったと思います。